24 Spears :)

本格派やさぐれエンジニア たなが 智輔の日常( ・`д・´)b

「悟り」について

最近、何かにつけて「急いでいた」「苛ついていた」ような気がする。
ふと立ち止まる機会があって、改めてそう思った。うまく言葉には出来ないけれど、たぶんそうだ。自分で思うから、きっとそうだ。

唐突だけれど「悟り」ってのは『許容力』な気がする。

結果の良い悪い、周囲の人間や環境、自分の立場・状況。全てを受け入れて、尚且つ前に向かって一歩が踏み出せる、という状況・行動は一種の悟りなんじゃあないだろうかと。それも粛々と自分のなすべき事を、そう、ただ粛々と行うこと。邪念なく、ただひたすらに。意固地ではなく。その芯の強さ、柔軟さ。そこにある許容力は悟りと言えるんじゃないか。別にひとり座禅を組んで目を閉じているのが悟りじゃなくて、仕事をしていても家事をしていても悟りってのは開くものかもしれない。てか、そもそも開くってのも違う気がする。うまく言葉にはできないけれど。

最近、その人として柔軟であるべき所がガッチガチになって凝り固まっていたような気がする。結果を求めすぎて、全てを楽しめていないって感じ、か。

悟りというと、なんとなく東洋の神秘っぽいし怪しい感じがするけれど、洋の東西を問わずな「感覚」のようなもので、人のあり方とか本質なのかなーと思ったりした訳です。なんか、ちょっと、ねぇ、こういうことを深夜に書いている時点で、我ながら疲れているのかもしれないけれど。

自然体で楽しく生きる。

そういう生き方を、今から、自分なりに。